自己責任

こういう時だけ「自己責任」って言葉を使うんだ。いっとのこと背景に書かれている「復興を加速する」というスローガン、「自己責任」に書き換えたら?

 

復興大臣….。一国の大臣とあろう人が質問をしている記者の顔さえまともに見ていない。

追記・この人は東京電力の株をたくさん持っているとか。ならば東電の味方だよね。

 

予定は未定

ドイツに来て8年。夫の仕事の都合で二つの町を行ったり来たりの生活をしているのだけれど、今月をもってこれをやめることになった。ヒャッホー、やっとひとつの町に落ち着いて暮らせる!今は2つの住まいからの引越しの準備中。極力物を増やさないようにしていたものの、二つの住まいを一つにまとめるとなると、それなりに荷物があるなと改めて思う。やれやれ。

新しいアパートは1月から改築中で、本来は3月末には終わっている予定だったのがモチロン終わっていない。(工程表では3月の中旬)さらに今月にはイースター (復活祭) の休暇があり、職人さんも休み。改めてカレンダーを見ると今日からイースターまで労働日は実質9日….。各部屋の床の作業が終わっていない。玄関ドアはあるけれど、各部屋にドアが付いていないどころか、ドア枠も付いていない….。せめてトイレのドアくらいは引越しまでに着けてほしいな。窓枠も完成していない。ベランダには発注されたタイルが1月から積み上げられているのに、一向に貼り替えされる気配がない。ベランダはいいとしても、本当にイースター明けに引越しができる部屋になるのだろうか?作業が3月で終わらないことを見越して、引越しをイースター後にしたんだけれど、それでも読みが甘かったかな。引越しはもう業者に依頼してあるので、日にちを変更するわけにはいかない。住み始めてからも様々な職人さんたちが出入りすることになるのだろうか?ドイツの職人さんの朝は早い。夜が明けることが早くなったし、7時半にはピンポーンとベルがなること間違いなし。やれやれ。なんとかなるよね、たぶん 🙂

恥ずかしい….

もう少し前の出来事だけれど、外国の記者が安倍さんに「難民の受け入れをしている世界の他の国のように、日本が難民の受け入れに応じる可能性はありますか?」と質問をした。その答えを聞いて、私は正直びっくりした。その答えはこうだ。「これはまさに国際社会で連携して取り組まなければいけない課題であろうと思います。人口問題として申し上げればですね、我々はいわば移民を受け入れる前にやるべきことがあって、それは女性の活躍であり、あるいは高齢者の活躍であり、出生率を上げていくにはまだまだ打つべき手があるということでもあります。」

 

安倍さん、最初に言っておきますが「移民」と「難民」は違いますよ。難民とは戦争、紛争、国からの圧力などで命の危険があり、今すぐにでも国を離れる必要に迫られている人々のことです。「移民」とは自分の国に住み続けることはもちろんできるけれど、あえて他の国で生きることを選択した人たちで、国籍を変えた人たちです。(私は結婚によりドイツに住んでいて、日本国籍なので移民ではありません。もし将来にドイツ国籍に変えることがあるとしたら、私は「移民」になります。)

 

女性の活躍とか高齢者の活躍と言い訳すれば、有権者が納得するとお思いでしたらとんだ勘違いです。その言い訳はもう聞き飽きています。

 

難民をすでに受け入れている国々が自分たちの国内で何の問題がないとお思いですか?どの国も多かれ少なかれ問題を抱えていますが、難民を受け入れています。あなたたち日本の政治家が自国内の問題を解決するまで待っているわけにはいかないのが「難民」です。今、この瞬間にも世界では多くの人たちが命の危険を感じているのです。

「難民」と「移民」の違いもわからない人が国の代表とは、とても恥ずかしいです。

一枚の写真

なんて切なくて悲しい写真なのだろう….。

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2017032701002112.html

「おかえりなさい」という優しい言葉の上に

本来なら普通じゃない放射線量の数値。

様々な事情で住み慣れた町で暮らしたいという人たち。

そして辛い思いでふるさとを離れ、避難する事を選んだ人たちもいる。

さまざまな援助を打ち切り、事故は過去のものですよと言わんばかりの日本。

これは飯館村に限ったことではないけれど、

基本的人権もへったくれもない。

被害に遭った人たちに、さらに追い討ちをかけている。

日本はなんていう国になってしまったんだろう。