思う事色々

ジコセキニン

日本人ジャーナリストが解放された。本当に良かったと思う。日本で彼を待つ家族はもちろん、飛行機の中でまでインタビューを受けていて、しばらくは静かに見守っていたらいいのに….と思う。

 

彼が拘束されていることが明らかになって以来、「自己責任」という言葉をネット上の日本のニュースよく見かける。彼に全く責任がないとは言わないけれど、誰だって予想通りに人生が進んでいくことはない。外国ではもちろん、日本に住んでいたとしても明日自分の身に何が起きるかわからない。そんな時「自己責任」と一言で片付けてしまっていいのだろうか?そんなギスギスした社会でいいのかな。

 

長きにわたり拘束されて、その間は彼自身もその地へ来たことを後悔したこともあったと思う。でも危険を承知で戦地に行くようなジャーナリストがいなくなったら、私たちは世界の国々で起きている多くのことの何を知ることができるのだろう?逆に考えて、東日本大震災と原発事故のようなことが日本で再び起きた時、「日本は危険!」と外国人ジャーナリストが姿を消してしまい、世界で全く報じられなかったら、どうだろう?

 

 

 

 

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3 thoughts on “ジコセキニン”

  1. 一言で片付けるべきではないことだよね。自分の責任やかけた迷惑を痛感しているのは本人なのだし。
    帰国中にね、喉が痛くて咳き込むのを避けるために飴玉をなめていた女性議員が、国会から追い出されたニュースを見たよ。その時も、「はぁ??」って思わずにはいられなかった。人を咎める角度が間違っているというか、そう、そんなにぎすぎすしてどうする、って思ったよー。

    1. 飴玉よりも、居眠りしていたり、普段から息をするように嘘をつく議員が退場させられるべきだと思うんだけれどねー。議論の矛先が「弱いものいじめ」に向けられているような気がして、とても嫌な気分。大人がこんなことしているから、子供のいじめがなくならないんじゃないかと思うよ。

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